萌えてみた 掌編
「もう、お兄ちゃんたらいつも勝手なんだから!」
人面疽の萌慧子が可愛い頬を膨らませて手のひらをひらひらと振った。萌慧子がぼくのことをお兄ちゃんと呼ぶのは雑誌やマンガから学習したらしい。「ミギーと一緒よ、寄生生物はニーズにこたえるの」とはやくも順応している。最初は本当にあばただったのに、喋るようになってしばらくすると上半身が形成されてきて、今では指人形のような完璧なミニチュア美少女だ。
すやすやと可愛く寝ているときなど、こいつにはたして魂があるのかなあ、ないのかなあと、思ったりするが、それはこのさいどうでもいい。ときどき、えーん、スカートがはけないよーと嘆いたりもするけれど、それもぼくの「ニーズ」とやらの反映なのだろうかとかも思うけれど、それもまあ、問題ではない。問題は萌慧子がときどき人肉をほしがるということだ。
「だって本当はそういう生物だもん」
法律と共存するのが難しい事態にぼくはいささか困惑している。救いは死肉でもかまわないらしいということだ。といっても、火葬の日本国内では、墓荒らしもままならない。仕方がないので、しのびこんで医学用の献体を荒らしたり、死者が出そうな場所に先回りしたりする。便利なもので、そういう予知めいた能力もあるらしく、腐肉を荒らすカラスのように、萌慧子は鼻が利く。
いまもぼくらはちょうど事故現場に先回りして手首を失敬してきたところだった。死んでいたのは中むつまじそうな家族連れで、ツインテールの小学生の女の子と若夫婦が上半分と下半分に切断されていた。カーブを曲がりきれなかったらしく、まだ誰にも発見されていなかった。手首だけごめんなさいごめんなさいと思いながら切り取ってはやくはやくと立ち去ろうとするのに、萌慧子は死んでいたツインテールの女の子のもっていたぬいぐるみがほしかったらしく未練がましく振り返っていた。
「わかったよ、今度同じのかってやるよ」
「わーだからお兄ちゃん大好き!」
自転車に飛び乗ると警察権力と法と道徳から逃げる必死さで猛烈にこぐ。海岸の道路で、風が心地いい。すると、萌慧子がせつなそうな顔で上目遣いでぼくをみた。おなかがへったらしい。
「がっつくなよ」
手首をいれた袋に萌慧子が生えている右手を入れる。血で袋が染まり、骨が砕けるすごい異音がする。これだけはさすがに慣れない。
夜の闇は曇っていて、ほとんど星はなく、とおくの対岸の町のひかりがまるで偽造の星のように明滅している。何かがゆっくりとした時間をかけて魂から流れ出しているような疼痛を感じる。
部屋につくころには、彼女もきっと満足して微笑んでくれるだろう。