掌編ふたつ
ひとつめ
王が死んだ。疫病が王国に広がった。幼い王女が失踪し、弟が即位した。隣国が侵入し、疫病がやんだ。新王は隣国の王女と結婚した。重税が課された。五年が経った。
さて、辺境から王都に送られてくる奴隷に、ひとりの少年がいた。雷雨によって増水した大河が道を阻み、奴隷を献上する一行は期限にまにあわないこととになった。死罪を恐れた兵士たちは盗賊に襲われたことにするため、奴隷をすべて殺すことにした。眠れずにいた少年はこれを偶々耳にして逃亡したが、逡巡のため仲のよかった人々を救うことはできず、すべて惨たらしく殺された。
死地を逃れた少年は恐怖と空腹の数日の末に辺境の恐ろしい神殿の廃墟に隠れた。寝苦しい夜の後、少年は次の朝、剣戟の音で目を覚ます。
複数の騎士に一人の小柄な人物が襲われている。苦戦しているが、腕前だけなら襲われているほうが上だ。不意にその人物がよけそこねて頭に巻いていた布を切り裂かれた。美しい金色の髪が風のように広がり、少年は少女の美しさに驚愕して物音を立てる。視線が集中し、少年は今度は迷わない。
かくて、流亡の王女と奴隷の少年はめぐり合い、物語が始まる。
ふたつめ
十年目、死んだ母から手紙が着いた。
蝉の声が空気を浄めてくれている。ひかりの滝が降りそそぎ、ぼくは庭の乾ききった地面を黙々とスコップで掘っている。記憶という記憶が責めさいなむ苦痛がぼくの手を休ませない。
すでにくるっていた母がぼくのくびをしめて泣いたとき、その時点からの追想はゆがんでいる。明晰すぎてゆがんでいる。曖昧に混濁しているわけではなく、あまりに耐えがたく明晰な記憶。だから、ゆがんでいる。ひからびた弟をうめたのは夏の宵、耳の痛いほどの静寂。残酷な明度。
くるうという言葉は時計がくるうというふうに発音されなければいけない。内部の仕掛けがこわれた人間を愛さずにはいられないということが幸せなのか、罪悪なのか、誉れなのか。
手紙には乱れた筆致と乱れた精神でひたすらにくどくどと謝罪の言葉が書かれていた。十年後の子どもに謝罪をしなければならないと思いついたのはいったいなぜなのだろう。いったい、ぼくこそがあなたの罪だったのか。罪そのものの子に、あなたを許すことなどできはしないというのに。
板塀に切り取られたはるかな青空をみあげた。
「それでもあなたは、祝福されて生まれたのよ」
やがてスコップは小さな缶につきあたる。
ぼくがそのためにあなたを裏切った、汚れた金銭が姿を現す。
たえがたく、たえがたい、ぼくそのものの似姿。
逃げ出した場所からしか、やり直すことはできないのだろう。
それでも、どうか、しばし、慟哭のための時を。