掌編 みなごろしの夜

 猫が闇のなか。探偵の視線を追うと荒れ果てた平原には死屍累々を背景にたつ女がいた。金色の瞳に映っているかれの手の燭台がゆらめく。飄々と吹きすさぶのに衣服をなぶらせ、女は黙然と蒼穹を見上げた。魔女が引き起こした戦いのあとにのこった死骸の山をしらけた午後の静謐が包んでいる。探偵は半ば彼女に向けて、語りはじめた。嵐の館で、薬缶はしゅんしゅんと沸き立ち、父親はいない。ストーブのあかるい火に彼女の渇望がうつる。窓の外では世界を覆すほどの豪雨。不意に、金色の猫は闇の中でながく鳴いて、近づいてきた。待ってくれ、と道化が問いただす。それじゃあ、かれらは知り合いだったっていうのかい。けれど埋もれた死骸のうちどれが男かどうして知れようか。乾いた風が塵芥と枝でできたかたまりを車輪のように走らせている。ため息をついて探偵は頷く。闇の底にはゆっくりとひそやかな音楽が蟠っている。ドアが開く。男は驚いたような顔の少女の様子に躊躇う。つかまえようか、逃げようか。女は風に押されるように歩き出し、探偵を見た。あめがすきだったのよ。浄められるのだとわたしは妄信していたわ。男たちは荒野を恐れるようにヘリの近くに集まっていた。彼女は探偵の憂鬱な表情とその傍らで強張った恐怖をうかべた道化の姿勢のぎこちなさを見て取って、何故か笑いたいような気がした。もういちど、脅しつけるように猫が鳴く。闇の中で見えるものは何もない。来てくださいますか。男が言う。閉じられるドア。一度、嵐の中に、もう一度、密室へと逃げ出す。カサンドラめ、誰かがいった。思い切って手を伸ばすと、甘い痛みが走り、手首を齧りとられた。赤い口が見えた。ああ、つかまえようか、殺そうか、愛そうか。