安吾 文学のふるさと

http://d.hatena.ne.jp/Milo/20031020#p3

「文学はトーキーの出現と共に消えてなくなれ。単に人生を描くためなら、地球に表紙をかぶせるのが一番正しい」というのは、もしも文学にとって写実がいちばん重要なものなら、という意味の文の後に続き、この引用文のあとに、しかし、文学の文学たる所以は写実にはない、という意味の文が続きます。つまり、この部分で、安吾は、文学を写実的な本当らしさによってはかる文学観に反発して、もしそうだっていうなら、文学は映画なんかに勝てないじゃないか、しかしじっさいはそんなことはない、文学には、言葉による芸術特有の、言葉でしかできない純粋な領域というものがあるんだ、ということをいっているわけです。安吾が、文学が映画に劣るとか、「人生を描く」ことが大事だとか、考えていたわけではありません。いちおう、念のため。

じっさい、いまでもリアリティということや映画的な描写がもてはやされたりしますが、もちろんそれはそういうものとして重要な場合もありますが、文学である必要のないような特性を欠いているからといって、そういう意味で「リアル」じゃない文学を批判する風潮はない方がいいと思わずにはいられません。