メモ。転倒させる快楽。

バフチンのカーニバレスクについて、転倒させる快楽ということがいわれる。あるいは冒涜として。しかし、純粋にそういうこととしてのみ捉えると、それは本質的に、既成の価値付けを強化することにしかならないように見える。単に転倒ということではなく、問題は交通なのである。あるいは、転倒が、価値的に生産的で解放的であるのは、単に冒涜的であるからではなく、価値的に対照的な位置に位置付けられていたものが交通すること、それこそが転倒の本質なのだ。そしてそのような、越境的侵犯的な交通によって起こる生殖=再配置による、妊娠こそが、反復であり、革命であり、制度の基本的構造の革新を引き起こす。したがって、場違いなもの同士の位置の組替え、交換、交通の程度に応じて、転倒は実質的なカーニバル性の強度を増すといえるだろう。