http://www8.big.or.jp/~vid/Diary/?date=20030518#p27

ですから、そのことには同意見なんですってば。ぼくは、どっちに書いたって同じで内容が問題だと思ってるんですって。同じだと思ってるからこそ、どちらに書くかまとめられないといってるんです。区別がないから書く場所が拡散してるんですよ。
トラックバックというのは、ひとつの話題を読者に明示するということと、書く時の便宜の問題なんです。で、コメントに書いたり日記に書いたり不便だということです。形式によって話題という観念的統一が存在したりしなくなったりするなんていってませんよ。

なぜコメントに書くかといえば言及を確実に相手に通知し、かつ読者にそれを明示するためです。しかし、ながい本格的な文章は日記に書いたほうがいい。その両方の必要のためにトラックバックを使いたい。そのための解決策なんです。では書いたよとメッセージを残せばいい、というのはまさにそのとおりで、だから、ぼくは、そういってるんですって。トラックバックという仕組みとコメントに書いたよってメッセージを書くのは、完全に同等で、それが自動化されてるだけの違いなんですってば。その自動化され、ひとつの仕組み、制度(トラックバックと呼ばれ了解されるということ)となってるっていうことをぼくは評価してるので、それ以外のことを言ってるわけではないんですよ。だから、トラックバック専用のコメント欄があって、みんなが言及したときそこに手動で言及通知をするという制度習慣がうまれたとしたら、わたしはそれをトラックバックと呼びます。わたしは技術的方法のレベルではなく、そういうレベルでトラックバックを認識しているんです。つまり、制度として、とらえているわけです。逆にいえば、トラックバックの実装を、まったくトラックバックを行う以外の目的で使用することは可能です。